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2010.03.05 のんびりと
おとといの夜、新しい本のための原稿を書き終えた。
1年かけて書いた。
ゆっくり書くつもりではなかったのだけれど、結果的にそうなった。
まだ、終わったわけではないけれど、ひさしぶりにのんびり気分。
昨日の夜は、のんびり気分に浸りたくて、鎌倉のなると屋にごはんを食べに行った。
3月のごはんは、ふきのとうがはいった白いごはんと
トマト1こがまるごとはいった赤出しなど、春のかおりのするごはんだった。
今日は、用事をすませたあと、家のことをいろいろやった。
この1か月、原稿にむき合っていたので、きちんとできていないところがあったから。
途中、Sさんが来たので、ふうちゃんが学校から帰ってくるまでの短い時間、
玄関のコンクリのところに腰をかけ話をした。
ここ数日の春の陽気で、庭のクローバーがもこもこしだしている。
てんとう虫も活動開始。
風があたたかく、日ざしもおだやかで、気持ちよかった。
のんびりにぴったりの1日だった。
2010.02.19 MOMO cafe合唱団
1曲目の『Day dream Believer』を聞いたときに、すぐ、涙があれそうになった。
「あっ、ここで泣いては・・・・・」と思い、必死で涙をおさえた。
2曲め、3曲めのオザケンの歌のときは、さらに。
MOMO cafe合唱団、とてもよかった。
20人前後の女の子のたち。20代から50代なのかなあ。
みんな、たのしそうに自由におおきな声で歌っていた。
その、たのしそうな姿、一所懸命なところ、はずかしいのか目線をはずして歌う姿。
どれもが、かわいく、ぴかぴかしていた。
歌がすきだから歌う。歌いたいから歌う。そんな気持ちがつたわってきて
聞いていて、胸がいっぱいになった。
わたしも歌がうまかったら、はいりたいかも・・・・・。
MOMO cafe合唱団、いいです。
2010.02.13 MOMO cafe
2010.02.11 国立へ
夫とふたり国立に行った。
東京にいたときから「国立って遠いなあ」と思っていたけれど
葉山からは、ほんとうに遠かった。
今日、行ったのは、従軍看護婦だった方のお話を聞くため。
戦争中、日赤で看護婦さんをしていた方で、88歳。
今日のことは、こころの整理をしてから書こうと思う。
以前の日記でKさんのブログを紹介したけれど、
そのとき、国立の平和都市宣言のことにふれた。
今日、そのしおりをいただいたので、書きます。
国立市平和都市宣言
世界では、いまだに戦争が絶えず、
核兵器使用の脅威は いぜんとして消えていません。
私たちは、世界で最初の核被爆国の市民として、
世界の平和の実現のために 努力していく責任があります。
この世に、「正しい戦争」などというものはありません。
地球上に、もうこれ以上の血を流しては なりません。
私たちは、あらためてこれまでの 戦争と暴力のなかに
たおれた多くのひとびとの 悲しみと苦しみを思い、
自由で平和な世界の実現のために 力をつくします。
新しい千年紀にあたり、私たち国立市民は、
平和への強い意志を 世界中のひとたちに高らかに宣言します。
2000 年6月 国立市
東京、神奈川は、これから雪になりそう。
明日の朝は、まっ白かもしれない。
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コメントが表示されなくなっています。すみません。
いま、問い合わせていますので、しばらくお待ちください。
2010.02.09 花を持って
大地を守る会に菊川慶子さんのお話を聞きに行った。
菊川さんは再処理工場から直線距離で6キロのところに住んでいる。
『六ヶ所村ラプソディ』にも出ていて、わたしは映画で菊川さんのことを知った。
核燃料(原子力)にたよらない暮らしをしたいと自宅でチューリップ農園を開いている。
今回、わたしは、この会に行ったのは菊川さんに会うため。
ひとりでも多くの人が参加することが、菊川さんの力になってくれるかもしれない。そう思って。
勝手な思いだけれど、わたしがだれかにそうしてもらえらたら、うれしいから。
菊川さんは、表立って反対する人がもうほとんどいない六ヶ所村で反対の意思を貫いている。
お会いして感じたけれど、ほんとうに物静かな女性だった。
その人がこんなふうに人前で話をしなければならないと思うまでにした
再処理工場の存在の大きさを感じた。
菊川さんは、再処理工場が建つとき、女性たちで花をもって抗議したそう。
建設予定地の前にも花を置いて・・・・・。
工場の車は、その花をよけて通って行っていたらしい。
みんな、こころのなかには、あたたかいものが流れている。
そんななか、やはり、現地に暮らす人からしか聞けない話もあった。
たとえば、ウラン濃縮工場の近くに学校の給食センターがあり
そこでこどもたちの給食を作っているということ。
いまは、また、その近くに小学校を建設中ということ。
「原子力は危なくない」という前提で動いているから、そんなことになってしまう。
核を受け入れるということは、そういうことなんだ、と思った。
再処理工場だけではなく、関連施設もたくさんあるということ。
菊川さんは、六ヶ所村で育ち、大人になり東京で暮らしていた。
自分の生まれた場所を大切にしたいという思いに駆られ、
再処理工場が建設されることを知っていたのに六ヶ所村にもどった。
住む場所を選ぶことができるのに・・・・・。
菊川さんのチューリップ農園には、原子力関係で働く人もおとずれるらしい。
奥さんに・・・・・とチューリップを持って帰る人もいるそう。
花には、そういう力がある。反対、賛成を超えた何か。
花を見て「きれい」と感じる気持ちは、いっしょ。
会場には、ミキさんも、京子さん一家もいた。
かなさんのステッカーも手元にあったものがすべて飛び立っていった。
離れていても、おなじ思いをもっている人がいると思うだけで力になる。
菊川さんの力になれればと思って行ったけれど、反対にわたしが元気をもらった。
会えてよかった。
2010.02.05 祈りの一節
昨日の朝、メールがとどいた。葉山に住むKさんから。
マザー・テレサの祈りの一節。Kさんは、何度も唱えているそう。
憎しみのあるところに愛を
罪のあるところにゆるしを
争いのあるところに一致を
誤りのあるところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇のあるところに光を
悲しみのあるところに喜びを
慰められるより慰めることを
理解されるよりも理解することを
愛されるよりも愛することを
アシジ・聖フランシスコ「平和の祈り」
いま、いっしょに本を作っている編集の人は、
マザー・テレサの元で働いていた人と面識があり
日本にもマザー・テレサの意思を受けついでいる教会があることを教えてくれた。
この前、たまたまBSを見たら、その教会が紹介されていた。
東京の西新井にある「神の愛の宣教者会」。びっくりするほど質素だった。
そのとき、そこのシスターたちが、炊き出しをしていることを知った。
ひさしぶりの本屋さん情報
『いのちをいただく』は、わたしの手元から100冊近く飛び立っていきました。
今日もまた1冊、飛び立ちます。
読んでいただいた方、感想をくれた方、ありがとうございます。
葉山小学校のあるクラスでは、担任の先生がこどもたちの前で
『いのちをいただく』を紙芝居のようにして朗読してくれたそうです。
2010.02.02 2月7日お話の会
2月7日大地を守る会に六ヶ所村にお住まいの菊川慶子さんがお見えになります。
お話を聞けるので、ご興味ある方はいらしてください。
以下、告知です。
2月7日(日) 14:00〜16:30 大地を守る会・六本木分室
『六ヶ所村の菊川慶子さんとの茶話会』
菊川慶子さんは、青森県六ヶ所村でチューリップ農園「花とハーブの里」をいとなんでおり、
核燃料サイクルの「六ヶ所再処理工場」に、長く反対をしている 方です。
核燃料サイクル事業の交付金に頼らない村にしたいという思いで作った
「花とハーブの里」には、全国からさまざまな人たちがボランティアで集まってきます。
映画「六ヶ所村ラプソディー」は、再処理工場に推進・反対、両方の立場の人の思いや
日常を映したものでした。
その中にも出てくる、菊川さんのお話を直接聞いてみませんか?
・連絡先 2月5日(金)まではtomeyoukai@daichi.or.jpです
当日は正午から03-3402-8841が通話可能です。
・事前申込みは不要ですが、満席の場合入場していただけないことがありますので
あらかじめご承知おきいただきますようお願いいたします。
主催:大地を守る会 原発とめよう会
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今年のはじめ・・・・・だったかな、原子力発電所で働く19歳の男の子が
内部被爆したというニュースが流れた。
もちろん、ネットだけで。
その事実と19歳という年齢、いくつものことが頭をよぎった。
そういうことを聞く度、知る度、わたしは「ふーん、そうなんだ」で、終わらすことができない。
どしても、こころに引っかかってしまう。
そんなふうに事故に遭ったり、病気になったりしている人が何人もいる。
その人たちは、だれかのこどもであり、お父さんであり、兄弟であり、夫・・・・・だから。
2010.02.02 ブルームーン
1月のおわり、30日は満月だった。
ひと月に2回、満月をむかえることをブルームーンと言うらしい。
その日、夕方、出かけるときに空を見上げたら、東の空におおきな丸い月がうかんでいた。
11時すぎ。今度はベランダに出て見たら、南の空にうかんでいた。
とても明るい月で、月のまわりにはひかりの輪ができていた。
その日は、いつもは見える星も、月のあかりで見えなくなっていた。
ほんとうにきれいな月だったので、月のひかりをしばらく浴びた。
太陽とはちがうエネルギーが、体とこころに入ってくるようで、とても気持ちよかった。
葉山は、東京より月と星が近い。
「今日は、星がきれいだね」。そんな会話をよくする。
星と言えば、まいにち見ているサイトがある。マドモアゼル愛さんのもの。
わたしたちの世代にとっては「占星術と言うとマドモアゼル愛さん」というくらい。
占星術は、星座別の個人的なことや恋愛についての内容が多いけれど
愛さんのところは、世界について書いてある。
夫とわたしが話している内容とリンクすることがときどきあり
「愛先生のところでも、そんなことが書いてあったよ」と話している。
星の動きと世界の動きは連動している。
世界がどんどん動き、変化している様子がわかる。新しい世界にむかっている。
新しい世界にむかう力は、ひとりひとりのなかにある。
いまは、その力が、無意識だったり、意識的だったり、いろいろだけれど
それが、いつか・・・・・多分、そう遠くない未来、ひとつになる気がする。
世界と言うとおおきすぎてよくわからないけれど、結局は、ひとりひとりの力。
サティシュ・クマールさんの言葉といっしょ。
家庭のテーブルからはじめられるように、ひとりの思いから、すべてがはじまるのだと思う。
みんなが安心して月が見上げられる世界になるように。
http://mademoiselleai.nifty.com/madeailog/
わたしの古いデジカメだと月の輪は写りませんでした・・・・・。
2010.01.29 ただのいぬ。展
S さん親子と夫と逗子に『ただのいぬ。展』を見に行く。
捨てられた犬、迷い犬・・・・・。
展示は、写真と短い言葉で構成されていた。
里親と出会い引き取られていく犬。
引き取り手が見つからず、旅立っていく犬。
ふたつの道をたどる犬たちが、写真のなかからわたしを見ていた。
写真を見ながら、言葉を追いながら、ひとつの記憶がよみがえってきた。
編集者だったころ、わたしは、ある施設を見学させてもらったことがある。
そこは、動物愛護センターという名前がついていた。
愛護センターという名前だけれど、その場所は、犬と猫が、処分されるところだった。
1日がすぎるごとに、死にちかづいていく檻。
そのなかで、鳴いている犬。運命を知っているのか、あきらめたように見える犬。
見ているのが、つらくなる光景だった。
施設で働く人の苦悩。やるせない思い。そんな話も聞かせてもらった。
そんななか、飼い主が探しにきて家にもどっていく犬がいることが、何よりの救いだと話してくれた。
犬や猫を捨てるのも人。それを助けるのも人。複雑な思いにつつまれた。
写真を見ていたら、そのときのことを思い出した。
「わたしは、この光景を見たことがある・・・・・」と。
もう、15年以上前のこと。
でも、15年も時間が流れたのに、ほとんど何も変わっていなかった。
施設を見学させてもらったとき、わたしは涙があふれた。
けれど、今回は、泣かなかった。
いつか犬といっしょに暮らしたいと思っている。
そのときは、保護された犬にしようと夫と話している。
いつか・・・・・きっと。
http://www.tadanoinu.com/exhibition_vol06.html
