8月6日、広島に原子爆弾が落とされ、
つづいて8月9日に長崎に落とされた。
そして、8月15日に戦争が終わった。
あと1か月すると、その日が、まためぐってくる。
でも、まだ、戦争が終わっていない人たちもいる。
いまも原子爆弾の後遺症に苦しみ
国と裁判という形で闘いつづけている人たち。
つらい思いをして、そのことを話せないでいる人たち。
戦争で大切な人を亡くした人たち・・・・・。
戦争ってなんだろう?
原子力ってなんだろう?
この世界から核をなくしたいと思っている人たちはたくさんいる。
それでは、自分は一体、何をしているんだろう、と
この時期になると、自分自身に問いかけてしまう・・・・・。
平和使用という名目の核、そうでない核もふくめ
世界には、いまだにたくさんの核があり、減る気配はない。
1945年8月6日、8月9日、世界ではじめて人にむけ核が使われた。
わたしたちの国で。ふつうの人たちが暮らす町で。
集英社の呉さんが送ってくれた写真集。
かなしいけれど、現実がここにあります。
カバーに使われている写真は、被爆した方のスカートです。
ピンクのちいさな花柄のかわいいスカート。
63年前に広島でこのスカートをはいていた人がいます。
わすれてはいけないことだと思います。
写真展 広島現代美術館 8月10日まで
東京・目黒美術館 11月15日〜1月11日

comments
うさぎ35歳が育った家には広島の原爆の絵本がありました。
子供でも分かるようにと両親が私たち兄弟に買ってくれていたのです。
まだ3才の女の子にも人間が起こした悲惨な出来事が充分過ぎるくらい伝わりました。
毎年原爆の日には黙祷をささげています。
アメリカに住んでいた時も、その時間になると黙祷を捧げてました。
当時私が出来たことの1つだったから。
それから18年、当時初めて付き合った広島出身の彼のご実家に招待された夏、改めて原爆について考えました。
こんなにも広く青い空の下、こんなにも緑が多い川沿いで・・・。震えがとまりませんでした。
彼の身内の方は一人も「あの日」を語ろうとしません。
語れない思いが口を開かせないのです。
私たちが出来ること、この忌々しい事実を風化させないこと。
人の手で命を奪い、人の手で命を救う。
同じ手なら、せっかく同じ手なら誰かの笑顔のために使いたい。
幸いにもこのうさぎにも手が2つ。
1つは自分のために。
もう1つは誰かのためにさしのべてみよう。
posted by うさぎ at 2008.07.16 PM 12:21
私は広島県の人間です。爆心地とは離れた土地で生まれ育ちましたが、「あの日」は県民にとって特別な日です。
私の祖母は当日、2歳の母を背負って、家の近くのお店にいたとか。
遠くの空でぴかっと光り、爆音がし、黒い煙が大量にあったと聞きました。
爆心地からは40キロ近くあると思います。
小学校の頃は8月6日は登校日でした。毎年考える日だったのです。
毎年この日の朝は黙祷を捧げずにはいられません。
私は42歳になりましたが、今でも毎年涙があふれます。
長崎の方も、それ以外今も戦地である世界中の国々の方は、同じつらさを背負っています。
どうか、風化させず、いつまでも永久に語り継いでほしい。
そう願っています。
posted by ちえ at 2008.07.21 PM 8:06
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